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日本では古くからケツの穴のヒダが菊の花にを連想させることから、ケツの穴を菊門と呼んでいた。 8世紀末から9世紀初頭にかけての平安時代初期に、遣唐使として渡海した空海や最澄によって密教が中国(唐)から伝来しました。 仏教ではごく初期から十六小地獄(十六遊増地獄)の概念が成立しており、男性同性愛行為にも
当時の密教(天台宗や真言宗など)の僧侶たちは女色だけではなく、本来の仏教では男性同士の肛門性交も禁じられていたため、稚児を観音菩薩の化身である聖なる存在へと昇華させるための宗教儀式である稚児灌頂を授けてから、稚児と契りを交わしていたようだ。 稚児灌頂を授けられるのは高僧に限られていたため、一般の僧も修行に必死になっただろう。 稚児の肛門は法性花とも呼ばれ、そこに挿入される高僧の一物は無明火と呼ばれた。 法性とはすべての事物や現象の真実のありのままの姿のことで、法性の花として菊が選ばれたのは、菊が仏に供える花(供華=くげ)として尊ばれていたことと無関係ではないだろう。 高僧と稚児、武将と小姓、先輩と後輩などの間で交わされる契りには菊門という呼び方がふさわしいだろう。 菊門を花瓶代わりにするするのも、まだ蕾の菊を開花させるのには最適な修行になるだろう。 1対1でも良いが、羞恥心を昇華させ献身を体得させるには複数で交代でやらせるのが更に効果的だ。 |