渇入れ棒




シゴキ合宿所で尻への打擲に使われる道具に「喝入れ棒」というのがあるが、これはシゴキ合宿所がまだ静岡にあった頃、ケツ叩きの会の初期メンバーの一人であるかつあきの尻を叩いて気合いを入れるために特別に用意した棒だ。
かつあきはclub21のケツ叩きの掲示板
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の初代管理人だったメンバーで、ハンドルネームのかつあきの[かつ]と、喝をかけた物だが、この名前にはさらに深い意味がある。

中国、唐代に発展した中国禅宗の洪州宗の開祖である馬祖道一が弟子である百丈懐海に対して言葉では明らかにしたり説明できない禅の極意を示すための方便として棒で打ったのが最初だとされている。
同じく馬祖道一の弟子であった百丈懐海も禅問答で感服し平伏した修行僧の背中をビシッ!と打ったという逸話が残っている。
また「徳山の棒」として有名な徳山宣鑑も山を訪れる修行僧を3尺の棒を持って迎え、答えられても三十発、答えられなくても三十発叩き、思慮分別を捨て悟りに至るよう促したとされている。?
「道い得るも三十棒、道えざるも亦三十棒」
徳山宣鑑が使っていた棒は竹篦(しっぺい)と呼ばれる長さ三尺の竹製の棒で、しっぺの由来でもある。

曹洞宗では「きょうさく」、臨済宗では「けいさく」と呼ばれ座禅における「警策」とは、修行者が坐禅中に集中を促すために用いられる棒状の道具のことだが、材質は樫の木が用いられ、長さ90〜120cm、先端部は幅55mm/厚み5.5mm、持ち手部分は30mm程度の角棒状になっている。

臨済義玄の「喝」と、徳山宣鑑の「棒」を合わせ喝入れ棒とシゴキ合宿所では呼んでいる。
喝入れ棒は尻叩き用に特化しており、「徳山の棒」同様、何十発も叩くことを前提にして、尻へのダメージを考慮し樫や檜より柔らかい杉材を使い、さらにヘッドスピードが上がりすぎないよう長さは66cmに抑えてある。
ただ、警策のように打ち付ける部分を平たくしてしまうと割れやすくなる上、ピシッと尻に食い込む鋭い痛みが抑えられてしまうため、幅30mm、厚み15mmに設定している。

筋トレシゴキの際の指図や気合い入れにも使っている。

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